「結婚しないの?」そう聞かれて、一瞬、言葉が詰まったこと、ありませんか。悪気はないのは、わかっているんです。心配してくれているのも、なんとなく伝わってくる。それでも、なんて返せばいいのかわからなくて、笑ってごまかしてしまう・・・。僕も、そうでした。悪気がないから、よけいに苦しい親戚の集まり、職場の雑談、久しぶりに会った友人。ふとした拍子に、その一言は降ってきます。責められているわけじゃない。むしろ向こうは、よかれと思って言っている。だからこそ、「いや、実は・・・」とも言えず、当たり障りのない返事で受け流すしかない。でも、受け流したあとに残るものがある気がします。心のどこかに、小さな石が積もっていくような感覚。それを抱えている人は、きっと少なくないと思います。言葉が詰まるのは、考えていないからじゃない「結婚しないの?」と聞かれて黙ってしまうとき、頭の中ではむしろ、たくさんのことが同時に動いていると思うんです。「この人にどこまで話していいんだろう」「言ったら、空気が変わるかな」「そもそも、自分はどうしたいんだっけ・・・」考えていないから黙るんじゃなくて、考えすぎるくらい考えているから、言葉にならない。詰まるのは、誠実さの裏返しなんじゃないかと、僕は思っています。「ふつう」とされる道だけが、道じゃない結婚して、子どもがいて、という形が長いあいだ「ふつう」とされてきました。だから、そこから外れていると感じると、自分のほうが間違っているような気持ちになりやすい。でも、家族の形も、誰かと生きていく形も、本当はもっと多様です。パートナーと二人で穏やかに暮らす人もいれば、友人と支え合って生きる人もいる。一人の時間を大切にする人も、これから先のことはまだ決めていない、という人もいる。どれかが上で、どれかが下なんてことはないと思うんです。あなたが心地よくいられる形が、あなたにとっての「ふつう」でいい。漠然とした不安は、消さなくていい将来を思うと、ふっと不安になる夜があります。このまま一人だったらどうしよう、年を重ねたとき誰かそばにいてくれるんだろうか・・・と。その不安を、無理に打ち消さなくていいと思っています。不安があるのは、自分の人生をちゃんと大事に思っている証拠でもあるから。ただ、一人で抱え込みすぎると、不安は実際よりずっと大きく見えてしまう。同じような気持ちを抱えている人と、ぼつぼつ言葉を交わすだけで、少しだけ呼吸がしやすくなることもあると思います。答えは、今すぐ出さなくていい「結婚しないの?」への、完璧な答えなんてなくていいと思うんです。笑ってかわす日があってもいいし、いつか誰かに本当のことを話せる日が来てもいい。大事なのは、その問いの前で立ち止まってしまう自分を、責めないこと。言葉に詰まったあなたは、何も悪くありません。ひとりで抱えなくて、いい同じ問いの前で立ち止まったことのある人は、思っているよりずっとたくさんいます。O-DINARYでは、そんな「うまく言葉にできない気持ち」を、まるごと持ち寄れる場をつくっています。誰かと少し話すだけで軽くなることもあります。よかったら、のぞいてみてください。