「10年後の自分が、まったく想像できない」そう思ったこと、ありませんか。僕は、当事者の人と話していると、この言葉によく出会います。仕事のことでも、恋愛のことでもなく、もっと漠然とした「これからどう生きていくんだろう」という感覚。なんとなく不安だけど、その不安の正体がうまくつかめない・・・。僕は、この「未来が描けない感じ」の正体は、能力でも努力でもなく、先を歩いている人の姿を見たことがない——そこにあるんじゃないかと思っています。なぜ、未来が見えにくいんだろう理由のひとつは、たぶんすごくシンプルだと思います。「お手本になる人が、身近に見当たらない」ということ。進学のとき、就職のとき、家庭を持つかどうかを考えるとき。多くの人は、無意識のうちに身近な誰かを参照しています。親や親戚、職場の先輩。「ああいう感じになっていくのかな」と、ぼんやりとした地図を手にしている。でも、LGBTQの当事者にとっては、その地図がそもそも配られていないことが多いと思うんです。先を生きている同じような人が、見えにくい。いないわけじゃなくて、見えないだけなのに。「見えない」のには、理由がある少し上の世代の当事者は、多くの場合、あえて見えないようにして生きてきた人たちでもあると思います。カミングアウトのリスクが今より大きかった時代を、静かに、慎重に生き抜いてきた。だから「いない」のではなくて、「表に出てきていない」だけ。そう考えると、少し見え方が変わってきませんか。僕も、そうでした。自分の少し先を生きている人の姿が見えなくて、未来そのものが真っ暗に感じた時期があります。でもそれは、未来がないからじゃなかった。ただ、明かりを灯してくれる人にまだ出会えていなかっただけなんだと、今は思います。一人でも出会えると、地図が描かれはじめる不思議なもので、自分より少し先を生きている当事者に一人でも出会うと、急に未来の解像度が上がる感覚があります。完璧なロールモデルじゃなくていいんだと思います。「こういう生き方もあるんだ」「この人は、この悩みをこう乗り越えたのか」。そういう具体的な誰かが一人いるだけで、真っ白だった地図に、線が一本引かれる。その一本があると、「じゃあ自分はどっちに進もうかな」と、はじめて自分の足で考えられるようになる気がします。地図は、誰かにもらうものじゃなくて、出会いをきっかけに自分で描いていくものなのかもしれません。だから、出会える場所が必要だと思う「ロールモデルを見つけよう」と意気込まなくていいと思います。ただ、少し先を生きている当事者と、ゆるやかに話せる場所があるかどうか。それだけで、未来の感じ方はずいぶん変わると思うんです。年上の当事者の何気ない一言が、何年もあとになって効いてくることがあります。「あのとき、ああ言ってもらえたな」と。そういう出会いは、たいてい狙って起こせるものじゃなくて、人がいる場所に身を置いてはじめて、ふいに訪れるものだと思います。一人で描かなくて、いい未来が見えないのは、あなたに想像力がないからじゃありません。ただ、参照できる誰かにまだ出会えていないだけなんだと思います。O-DINARYには、世代も生き方もさまざまな当事者が集まっています。完璧なお手本を探す場所ではなくて、「こんな生き方もあるんだ」と、ふいに出会える場所でありたいと思っています。地図はきっと、誰かと話しているうちに、少しずつ描かれていきます。よかったら、その最初の一本を引きに来てください。