「ここでは、本当の自分の話はできないな・・・」そう思いながら、笑って相づちを打った夜って、ありませんか。職場でも、友だちといても、家族の前でも。どこにいても少しだけ自分を編集している。その「少しだけ」が積み重なると、いつのまにか、本音を置く場所がどこにもなくなっていることがあります。「本音で話せる相手がいない」という静かな状態先日、O-DINARYでインタビューしたあるゲイのファイナンシャルプランナーの方が、こんなふうに話してくれました。「言うリスク・デメリットを考えたら、言わないほうが賢い、という感覚だった。ただ本音で話せる相手がいない状況はずっとあった」これは、何かに傷つけられた瞬間の話ではありません。誰かにひどいことを言われたわけでもない。ただ「言わないほうが賢い」と自分で判断して、静かに口を閉じてきた、という話です。その静けさは、つらさとして自覚しにくいぶん、かえって長く続いてしまうのだと思います。二重の生活が、ふつうになっていくその方は、一般社会ではカミングアウトをせず、コミュニティの中だけで自分の話をしていたそうです。平日の顔と、安心できる場所での顔。ふたつを切り替えながら生きることが、いつのまにか「ふつう」になっていく。僕も、そうでした。切り替えること自体に慣れてしまって、どこかで「本音を出さないのが大人の振る舞いだ」と思い込んでいた時期があります。でも、慣れることと、満たされることは、たぶん別のことなんですよね。相談したくても、相談できなかった話印象的だったのは、その方がFPに人生相談をしたときのエピソードでした。相手はストレートであることを前提に「奥さんは?」と聞いてくる。そこで本音は言えず、お茶を濁す答えしか返せなかった、と。お金や将来の相談は、本来いちばん本音が必要な場面のはずです。それなのに、自分の前提を説明するところから始めなければならない。説明する気力が湧かなくて、結局あたりさわりのない返事をしてしまう。「本当はもっと聞きたいことがあったのに・・・」。そんな気持ちを飲み込んだ経験は、きっと多くの人が持っているのではないかと思います。安心できる場に出会うと、世界の見え方が変わるその方の話には、続きがあります。SNSを通じて、自分より20歳も30歳も年上の世代のゲイに会いに行くようになった。そこで、いろんな40代・50代・60代の生き方を実際に見たそうです。60代を前にして、犬と一緒に一人で幸せに暮らしている人の話も、強く心に残っていると話してくれました。そうやって多様な「先を生きる人」に出会ううちに、漠然と抱えていた将来への不安が、少しずつ消えていったといいます。「知識は選択肢になる。知らないと、選ぶことすらできない」この言葉が、僕はとても好きです。安心できる場所というのは、ただ気持ちが楽になる場所、というだけではないのだと思います。そこには、自分の未来の選択肢が置いてある。怖がっていた自分も、間違ってはいなかった最後に、その方が静かに言っていた言葉を紹介させてください。「世界は思ったより優しいのかもしれない。怖がっていた自分は気にしすぎていたのかも」ただ、続けてこうも言っていました。怖さがゼロになったわけではない、と。その両方が正直でいいんだと思います。本音を出せる場所に出会えたからといって、これまで身を守ってきた自分を否定する必要はありません。慎重だったあなたも、間違ってはいなかった。そのうえで、もし「ここでは話していいんだ」と思える場所がひとつでもあれば、それだけで世界の見え方は、少し変わるのではないかと思います。あなたの居場所は、きっとある本音で話せる場所が、ひとつもなかった。その感覚を、僕はよく知っています。でも、それは「あなたに居場所がない」という意味ではなくて、「まだ出会えていないだけ」なのかもしれない、と最近は思うようになりました。O-DINARYでは、本当の自分の話を少しずつ置いていける場をつくっています。いきなり全部を話す必要はありません。聞いているだけでも、ただ来てみるだけでも大丈夫です。あなたが安心して呼吸できる場所が、ここで見つかれば嬉しいです。