「言わないほうが、ラクなんだよな」そう思ったことって、ありませんか?カミングアウトしたほうがいい、という空気が、最近は少しずつ強くなってきた気がします。でも、その「したほうがいい」に置いていかれそうな気持ちになる人も、いるんじゃないかと思うんです。「言わない」は、ちゃんと考えた末の選択かもしれないカミングアウトしない理由を聞かれると、つい「勇気が出なくて」と答えてしまいがちです。でも、本当はそうじゃないこともある。言ったときに起きること、変わってしまう関係、面倒になる説明。それを全部のせて天秤にかけて、「言わないほうが賢い」と判断している人は、たくさんいると思います。先日O-DINARYでインタビューしたあるゲイのファイナンシャルプランナーの方も、こう話してくれました。「言うリスクやデメリットを考えたら、言わないほうが賢いよね、という感覚だった」と。これは逃げじゃなくて、冷静な計算なんですよね。自分を守るための、まっとうな判断。それを誰かが「逃げだ」なんて言える筋合いは、ないと思っています。それでも、ふとした瞬間に効いてくる孤独ただ、賢く立ち回ることと、心が満たされることは、別の話なんだと思います。同じ方は、こうも言っていました。「本音で話せる相手がいない状況は、ずっとあった」と。うまくやり過ごしているように見えても、本当のところを誰にも言えない時間は、静かに積もっていく。「・・・誰にも言ってないだけで、別に平気」と自分に言い聞かせながら、どこかで少しずつ削れていくような感覚。その方は、一般の社会ではカミングアウトせず、コミュニティの中だけで自分の話をする、いわば二重生活のような日々を送っていたそうです。場所によって自分を切り替える。それ自体が、けっこう体力のいることだと思うんです。「奥さんは?」の一言で、本音を引っ込めた話印象に残ったエピソードがあります。その方が、自分のことを相談しようと、あるFPに人生相談をしたとき。返ってきたのは「奥さんは?」という、ストレート前提の問いだったそうです。そこで本音を言えるはずもなく、お茶を濁すような答えしか返せなかった、と。お金の専門家に将来の相談をしているのに、肝心の「自分が誰とどう生きていくのか」を伏せたまま、話を進めるしかなかったわけです。これって、本人が何か悪いことをしたわけじゃない。ただ、世の中の「当たり前」のかたちが、自分の前提と少しずれているだけ。それなのに、相談する側がそっと引っ込む。そういう小さな場面の積み重ねが、「やっぱり言わなくていいや」につながっていくんだと思います。知ることが、選択肢になるそんな状況が変わったきっかけも、その方は話してくれました。SNSを通じて、自分より20〜30歳ほど年上の世代のゲイの人たちに、実際に会いに行ったそうです。そこで、いろんな40代・50代・60代の生き方を、目の当たりにした。すると、ぼんやり抱えていた将来への不安が、すっと消えていったといいます。「こういう生き方もあるんだ」と知れたことが、大きかったんですね。その方の言葉でいちばん残っているのが、これです。「知識は、選択肢になる。知らないと、選ぶことすらできない」。言う・言わないの前に、まず自分にどんな道があるのかを知ること。それだけで、足元が少し軽くなることがある。僕も、そうでした。世界は、思ったより優しいのかもしれない最後に、その方がこぼした一言を紹介させてください。「世界は思ったより優しいのかもしれない。怖がっていた自分は、気にしすぎていたのかも」。そう言いながら、「怖さがゼロになったわけじゃないけどね」とも付け加えていました。僕は、この「ゼロじゃないけどね」が、すごく正直で好きなんです。怖さは残っていていい。優しさを確信できなくてもいい。ただ、「もしかしたら、思っているより大丈夫かもしれない」という小さな余白を、心の隅に置いておけたら。それで十分なんじゃないかと思います。言わない選択も、言えない時期も、間違いなんかじゃない。賢く守るのも、いつか少しだけ開いてみるのも、どちらもあなたのものです。どっちが正解、ということはないんだと思います。ひとりで抱えなくていい言うか言わないかを決められないまま、もやもやを抱えている。それは、何も間違っていません。ただ、もし「本音で話せる相手がいない」と感じているなら、同じような時間を過ごしてきた人と、ゆるくつながれる場所もあります。O-DINARYでは、無理にカミングアウトを促すことはしません。ただ自分のことを少しだけ話せる、聞ける。そんな場をつくっています。気が向いたら、のぞいてみてもらえたら嬉しいです。あなたは、ひとりじゃありません。