「悪気はなかったんです。チームの雰囲気をよくしようと思って、つい話してしまって」職場でのアウティングは、悪意のない一言から起こることが少なくありません。本人が信頼して打ち明けた性的指向や性自認の情報が、別の同僚へと伝わっていく。その瞬間、当事者にとっての安全な場所は失われます。弊社にも企業のご担当者から「何を禁止すればよいのか」「相談が来たらどう対応するのか」というご質問が数多く寄せられます。本記事では、法的な根拠を確認したうえで、アウティングを防ぐための社内ルールの設計手順を整理します。1. アウティングは法律上の防止義務の対象ですまず押さえておきたいのは、SOGIハラとアウティングが、すでに法律上の防止措置義務の対象になっているという事実です。2019年の改正で成立し、いわゆる「パワハラ防止法」と呼ばれる労働施策総合推進法は、事業主に対して職場のパワーハラスメントを防止する措置を義務づけました。施行は大企業が2020年6月1日、中小企業が2022年4月1日からです(厚生労働省、2020年)。この法律にもとづく厚生労働省の指針(令和2年厚生労働省告示第5号)では、パワハラの6類型のうち「個の侵害」の例として、性的指向・性自認に関する侮辱的な言動が含まれること、そしてアウティングがこれに該当しうることが明記されています。指針はアウティングを「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」と位置づけています(厚生労働省告示第5号、2020年)。つまり、SOGIハラやアウティングへの対応は「望ましい配慮」ではなく、事業主に課された法的な義務だということです。2. なぜアウティングが重大なのかアウティングの深刻さを社会に問いかけた出来事として、一橋大学アウティング事件があります。2015年、同大学のロースクールに在籍していた学生が、同級生にゲイであることを同意なくLINEグループで暴露され、その後に亡くなりました。遺族が大学側の責任を問うた訴訟で、2020年11月の東京高裁判決は、大学の安全配慮義務違反は認めなかったものの、アウティング行為そのものについて「人格権ないしプライバシー権などを著しく侵害するものであって、許されない行為であることは明らか」と明言しました(東京新聞、2020年11月25日/BuzzFeed Japan、2020年11月25日)。この事件は社会に大きな影響を与え、自治体の条例にも反映されています。一橋大学が所在する東京都国立市は、2018年3月に制定、同年4月1日施行の「国立市女性と男性及び多様な性の平等参画を推進する条例」で、本人の意に反した性的指向・性自認の公表(アウティング)を認めない旨を盛り込みました。これはアウティング禁止を明記した全国初の条例とされています(OUT JAPAN、2018年)。アウティング禁止を明記する条例はその後も増え、2023年10月時点で少なくとも12都府県の26自治体に広がりました(東京新聞ほか、2023年10月)。その後も対象自治体は増え続けています(地方自治研究機構、2026年1月時点)。法律と条例の双方で、アウティングは「防ぐべきもの」として明確に位置づけられているのです。3. 社内ルールに盛り込むべき4つの柱法的義務を踏まえ、社内ルールには次の4点を盛り込むことを弊社は推奨します。これらは厚生労働省の指針が事業主に求める措置に沿った内容です。(1) 方針の明確化と周知就業規則やハラスメント防止規程に、SOGIハラとアウティングがハラスメントに該当し、行ってはならない行為であることを明記します。あわせて、違反した場合の対処方針も定め、全従業員へ周知・啟発します。抽象的な「多様性の尊重」だけでは不十分です。「性的指向・性自認に関する侮辱的言動」「本人の同意のない暴露」が具体的に禁止行為であると、文言で示すことが重要です。(2) 情報管理のルールアウティングの多くは、知り得た情報の「うっかりした共有」から起こります。誰かのカミングアウトを受けた人が、本人の同意なくその情報を共有しない、という原則を全社的に徹底します。人事・労務が把握する性自認や通称名などの情報は、アクセスできる担当者を限定し、本人の同意なく他部署や上長へ共有しない取り扱いを定めます。配慮のための情報共有であっても、必ず本人の意向を確認する運用にします。(3) 相談体制の整備相談窓口を設け、相談したこと自体や相談内容が本人の不利益にならないこと、プライバシーが守られることを明示します。これは指針が求める「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」に対応します。相談対応そのものが二次的なアウティングにならないよう、対応者の範囲を最小限にし、本人の同意なく情報を広げない手順をあらかじめ決めておきます。(4) 発生後の迅速な対応実際に相談や事案が生じた際には、事実関係の迅速かつ正確な確認、被害を受けた従業員への配慮、行為者への措置、再発防止策を講じます。これも指針が事業主に求める措置です。対応の各段階で「誰に何を共有するか」を本人と確認しながら進めることが、二次被害を防ぐ鍵になります。4. ルールを「機能させる」ためにルールは作って終わりではありません。機能させるには、運用上の工夫が必要です。第一に、管理職への研修です。アウティングは上司による「良かれと思った共有」からも起こります。何が禁止行為にあたるか、相談を受けたときにどう振る舞うかを、管理職が具体的に理解している必要があります。第二に、相談ルートの複線化です。直属の上司には相談しにくい事案も多いため、人事部門や社外窓口など、複数の入口を用意します。第三に、定期的な見直しです。条例の整備状況や社会的な理解は年々変化しています。規程や運用が実態に合っているかを定期的に点検することが、形骸化を防ぎます。アウティング防止は、特定の従業員のためだけの施策ではありません。誰もが安心して働ける環境を整えることが、結果として組織全体の信頼と心理的安全性を高めます。O-DINARY for the Company弊社では、企業の人事・DEIご担当者向けに、SOGIハラ・アウティング防止に関する社内規程づくりの支援、管理職・全社員向けのeラーニングおよび研修、相談窓口の設計・運用支援、職場の現状を把握するサーベイをご提供しています。「自社の就業規則をどう見直せばよいか」「相談が来たときの対応フローを整えたい」といった段階からのご相談も承ります。法的義務への対応を、形だけでなく実際に機能する仕組みとして整えるお手伝いをいたします。まずはお気軽にお問い合わせください。出典(2026年6月 再確認済み)厚生労働省(北海道労働局PDF) https://jsite.mhlw.go.jp/hokkaido-roudoukyoku/content/contents/000756811.pdf政府広報オンライン https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9434.html厚生労働省(指針PDF) https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdfWikipedia「一橋大学アウティング事件」 https://ja.wikipedia.org/wiki/一橋大学アウティング事件東京新聞デジタル https://www.tokyo-np.co.jp/article/70469OUT JAPAN(PRIDE JAPAN) https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2018/2/4.html国立市公式サイト https://www.city.kunitachi.tokyo.jp/soshiki/Dept01/Div01/Sec03/gyomu/0373/0377/8930.htmlPRIDE JAPAN(共同通信配信) https://www.outjapan.co.jp/pride_japan/news/2023/10/18.html地方自治研究機構RILG https://www.rilg.or.jp/htdocs/img/reiki/002_lgbt.htmBuzzFeed Japan https://www.buzzfeed.com/jp/saoriibuki/hitotsubashi-outing-20201125